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コラム アーカイブ

2009年11月07日

2009年世界チャンピオン・・・内村航平

 記憶に新しいはずの北京五輪での個人総合銀メダル。しかし、世間では既に今年の世界選手権の個人総合金メダル獲得で名の知れた、日本のみならず体操界を代表する選手となった。そう、彼はもはや世界を相手にするというより、「自分自身がライバル」となるほどの世界チャンピオンなのである。

彼へのインタビューの際、大抵出てくる質問が「五輪以降の練習はどうでしたか?」「世界チャンピオンとしての意識はありましたか?」などなど、とにかく過去の実績に対する彼の意識に関するものである。これは普通に考えて、記者は興味を持つ、いや、何も考えずにも出てくる質問であろう。しかし、彼から必ず返される言葉は「過去は過去なので」という回答。私はこれこそが彼が今世界で一番の力を持つ選手である要因であると思う。北京五輪のあん馬の落下の後の追い上げも、そして、世界選手権で金メダル確実といわれた中のプレッシャー中での勝利も、全て、「過去の」出来事を頭に入れず、「今の」演技に集中できる「切り替え」があったから成し得たことであろう。

そういう思考は、競技者としては素晴らしい実力を発揮できることに繋がる反面、対人面においては少し淡白な人柄を印象付けてしまう。私個人では、彼と接する中で、かなり個人的ではあるが彼の中でちょっとした「変化」を見るエピソードがある。

2007年のプレ五輪大会、彼の演技を初めて撮影したのだが、その写真を含めたアルバムをファンの方々に見せる為に2008年の2次予選大会に持参した。そして、彼がNHK杯の抽選前に談笑をしているところに出くわした為、慌ててアルバムから写真を出して彼にプレゼントした。突然なので私も入れる袋を用意できずにそのまま渡してしまったのだが、彼は「ありがとうございます」とジャージのポケットにしまった。その時の非常に低い声は当時彼がメディア露出がほとんどなかった中でかなり印象的であった。正直なところ「嬉しくなさそうだな」と思ってしまった。その後、NHK杯では仕事として彼と接した。その際、「写真あげたの覚えている?」と聞いたら、あっさりと「覚えてません」。抽選の前にプレ五輪の写真を渡したのだけど・・・と加えても「覚えてません」。がっかりした気持ちは、私が一方的に持つ「喜んでもらおう」という思いが空振りに終わったということを意味していた。

その次に撮影したのはマドリードのワールドカップファイナル。これは北京五輪銀メダリストの彼の出場より、アテネ五輪金メダリストの冨田洋之の引退で注目された大会である。ここで彼はゆかのみの出場で銀メダルを獲得。その時の演技写真や表彰式の写真はプレ五輪よりも多く、私も今回は「喜んでもらおう」というよりも、「喜んでほしいなぁ」という願望の気持ちになった。そして、今年の全日本個人の際、記者会見前に時間のあった彼にタイミングよく袋に入れた写真を渡すことが出来た。「ありがとうございます」の声のトーンは明らかに去年より高く、そして目の前にあったバッグにしっかりと入れてくれた。「おお、去年と違う!」と思えた。

そして、今年のロンドンでも撮影の機会に恵まれた私は、金メダルを胸にした写真など、きっと一生の思い出となる写真をフォトフレームに入れて、全日本団体・種目別の時に渡すチャンスをうかがった。それは思いのほか早くやってきて、公式練習後の記者会見前に渡すチャンスがあった。彼は「ありがとうございます」としっかりと受け取ってくれた。しかしタイミングが悪く、会見を今から行う彼からすれば置き場所に困ってしまうことに後で気付いた。「後で渡した方がよかったね」と、会見後に渡そうとした私の言葉に対し、「いえ、これ、バッグに入れてきていいですか?」と、会見場からすぐではあるが、彼のバッグのある更衣室までわざわざ戻って、入れに行ってくれたのである。思わず「ゴメンね」と言ってしまったくらい、彼の行動は私に対して気を遣ってくれたものであった。

大会の結果、規模も違い、私の渡し方も違うので比較をするのは間違っているかもしれないが、年を追うごとに写真に対する扱いが変わり、少なくとも渡す方からするとかなり嬉しい対応をしてくれるようになった。「過去は過去」と言う彼が、「過去の一シーンを留める」写真を大事にしてくれるのは、私としては彼の違う一面を感じ取れるものである。写真を見て彼が振り返る「過去」は果たしてどういうものなのか。写真を感慨にふけるとういうのはもしかしたら引退するまでないのかもしれないが・・・。

いずれにせよ、彼を知れば知るほど「後でゆっくり見てくれたらいいから!」と思えるようになった渡す側の私の方にも変化があったのかもしれない。いつの間にか競技者、チャンピオンとしての内村航平に対して、より興味を持つようになった。

2012年07月29日

ロンドン五輪・・・男子団体予選

日本男子は予想外の厳しいスタートとなった。

最初の鉄棒は田中和、山室、内村、田中佑。田中、山室に関しては得意中の得意という種目ではないが、内村は昨年銀メダルを獲得した世界選手権より構成を変えて難度を上げており、田中佑はこの種目のポイントでスペシャリスト枠で代表入り。少なくとも後半二人は得点を計算できる選手であったはずだ。

しかし、結果的に田中和、山室と前半二人が落下こそないものの大過失に近いミスを犯し、続いて内村はコールマンで落下。田中は世界選手権と同じコバチで落下。ポイントゲッター二人が二人で合計して2点以上のロスを出してしまった。

鉄棒は波に乗れば不安を感じない種目であるが、不安や焦りがあると途端にタイミングが狂って「落下」の可能性が高くなる。また、大逆手懸垂で終わる高難度のひねり技でも狂いが生じる。あん馬の次に「怖い」種目となることが多いのだ。そのような失敗シーンは過去の大会で日本のみならず、海外の選手でも多く見てきたが、日本のミスはそのすべてが出てしまったものだ。

その意味で、過去2回の世界選手権では団体戦で田中和、内村、田中佑の3名が落下の経験がある為、どこかでその「トラウマ」的なものがあるような気がしていた。特に内村は国内大会も合わせて失敗するシーンのほとんどは鉄棒であった。彼らの中で何か「狂い」「プレッシャー」がある時の鉄棒は決して安心して見れない・・・。

結果的に田中和、内村、山室は複数種目で失敗を引きずってしまった。田中和はゆかでツルバノフ(伸身トーマス)の後で滑ってしりもち。恐らくここで「やばい、やばい」と相当気にしたに違いない。内村はゆかでまずまずだったのもの、あん馬では鉄棒で生じた「ズレ」を助長するような失敗をしてしまった。山室は最後の平行棒までミスが出て、ノーミスであった得意のつり輪は、実施減点を「必要以上に」しっかりと取られた印象で全く彼にとって悪夢としかいいようのない日となった。幸いなことに、田中和、内村は後半に入って調子を上げてきたのが救いといえよう。

その悪い雰囲気中で加藤の堂々たる演技は見事であった。ゆかでは種目別第一リザーブとなる9位の得点。あん馬、跳馬ではノーミス。悪い雰囲気が流れる中、大きな国際大会が初めてとは思えない活躍ぶりを見せた。

そして、昨年、日本が優勝を逃した世界選手権で象徴的な失敗を見せてしまった田中佑は、その鉄棒の失敗をつり輪と平行棒で見事に挽回した。平行棒の16点近い得点は「彼ならそのくらい取れる可能性がある」というくらい演技の質は高いのだか、最後の最後で見せてくれたのは大きい。その流れで内村、田中和と続いて高得点。兄弟で種目別予選ワンツーで並ぶという快挙を見せた。

中国も同様に調子を落としていた中、アメリカ、ロシア、ドイツ、そしてイギリスといった欧米のライバル国の好調さは素晴らしい。五輪がプレッシャーになる日本と五輪でパワーをもらえる国々。そんな差が出ていたように思える。

日本は予選を5位で終え、中国と並んでつり輪スタートとなった。最後にあん馬。この巡り合わせは中国とてさほど好ましいものではない。しかし、2種目目で跳馬を迎えるため、単純に早い段階で順位を上げておくことが可能になる。その時、あん馬で上位国に失敗が続けば差が広がり、焦りも出るはず。そしてそのまま得意種目をノーミスで乗り切り、最後のあん馬で失敗のない演技で締めくくる。そんなシナリオになるといいが、あん馬で予選で一番の悪夢を見ているだけに、自信を持てるようになるまで各自の「狂い」を直してほしい。そういう練習も積んでいるはずである。

今のままでは団体のメダルまでも楽観できない日本。プレッシャーに勝つということではなく、早く会場の雰囲気、器具といったものを自分たちのものにして、「いつも通り」の彼らで戦ってほしいと願わんばかりだ。

2012年07月30日

ロンドン五輪・・・女子団体予選

日本女子が北京五輪に続き見事に決勝進出を果たした。北京は8位通過であったが今回は6位。着実にアメリカ、ロシア、中国、ルーマニアの四強に続く実力国として評価されている。

男子と違い、決勝進出というのがとにかく一つの壁となっているが、北京以降は日本女子には大きな問題ではなくなっている。選手たちの安定性や実施の質さえ高ければ、難度が多少落ちてもある程度の得点を出せる今のルールというのが救いになっている。

北京以来、とにかく大きなミスを出さないということで信頼の厚い新竹を筆頭に、大舞台、あるいはここぞというところで自分の演技が出来る選手ばかりというのも大きなポイントであろう。特に代表入りするだけでも大変なくらいに層が厚くなっている中で、代表決定戦であるNHK杯で大混戦を制した5人のハートの強さは日本男子以上の逞しさを感じ、本番においても安心して見ていられる余裕を感じた。

残念ながら田中は本来の出来ではなく、ゆかで後方1回半~前方1回の組み合わせで蹴りが合わずに2つ目が前方半ひねりとなって、1本目ですでにその技を使っている為に難度が取れなかったばかりかシリーズ加点を取れなくなってしまった。更に跳馬でもユルチェンコ1回半でしりもちを着く大過失。それでも、段違い平行棒、平均台という2種目で大きなミスのない演技で後の選手に繋げた功績は大きい。また、美濃部は段違い平行棒でほん転倒立で前に倒れかけ、そして下りの前宙ダブルでしりもち。しかし、田中、美濃部のミスに関しては今年に入ってズレているという場面が多かった為、ミスが出るとすればここかな?という予感はしていた。しかし、大きな問題にならなかったのは、美濃部は最初の3人が成功している中であったこと、田中は12点を出せば決勝進出というラインが見える中であったからであろう。

寺本に関してはポディウム練習のレポートでユルチェンコ2回ひねりを戻してきたことが分かった時に、NHK杯辺りで狂いが生じていところがうまく修正できているのかなと思えた。段違い平行棒がその一つであるのだが、本来の流れを戻していたし、平均台の2回ターンは安定感を増していた。そして極めつけは跳馬。田中の失敗があるので1回半にするかと思いきや、2回ひねりにして見事に成功。彼女のひねり技に関する技術力の高さからすれば難しくない技なのだが、昨年のJAPAN CUPで失敗して以来、ひねりの軸を正確に感じず、ひねりに持ち込めないことが続いていた。しかし姿勢欠点はあるものの、ひねりのところの自信が戻ってきたのか、「ここでひねる!」というポイントがはっきりとして、余裕のある着地に繋がった。

鶴見は段違い平行棒と平均台で起用されると思いきや、平均台ではなく跳馬で起用された。その段違い平行棒ではここ数年で一番安定した演技を見せてくれた。片手軸のひねり系で難度を稼ぐのだが、手の怪我もあり、その軸ブレがかなり出ていることが続いていた。しかし、2種目だけの演技という中、練習でもしっかりとその安定性を高めることに集中できたであろうし、彼女こそ大舞台の強さを持っているので、ノーミスの演技は十分期待できた。その結果、チーム唯一の15点台をマークして北京五輪の平均台に続いて見事に種目別決勝に残った。これは偏に選手起用の作戦勝ちといえよう。

さて、優勝争い、メダル争いとなる上位4か国。世界チャンピオンのウィーバーが個人総合予選で国内3位となり予選落ちとなるほど、アメリカの層の厚さを感じる結果となっている。しかし、ロシアもムスタフィナが全種目トップバッターに置くという戦法で、エースのコモワが順当に得点を稼ぎ、決勝でアメリカと互角に戦える状態であった。一方、中国とルーマニアは中国はヤオ、ルーマニアはヨルダケと若手のエースに怪我があって本来の演技でなかった。それを踏まえても、中国のゆかと跳馬、ルーマニアの段違い平行棒は優勝争いに絡むには好得点が望めず、銅メダル争いが妥当なところだといえる。ミスの出た若手の起用方法が大きな鍵となるはずだ。

ロンドン五輪・・・男子団体決勝プレビュー

予選の結果は

1位 アメリカ
2位 ロシア
3位 イギリス
4位 ドイツ
5位 日本
6位 中国
7位 ウクライナ
8位 フランス

となっている。誰もが予想しなかった結果だ。

決勝となるとこの結果は全く当てにできるものではない。日本、中国のようにミスのあった国の巻き返し、そして、金メダルへの可能性があるという中で上位国が味わう大きなプレッシャー・・・。容易に想定できるものだ。

日本男子が持つ一つの不安が「実践での調整経験」だ。5月の最初に早くも代表が決まり、合宿で調整を積んできた日本。しかし、女子とは違い、五輪を経験しているのが内村のみ、そして田中佑は昨年初めて代表入り、そして加藤に至ってはこの五輪が初の代表経験。他国がヨーロッパ選手権や国別対抗といった試合を組んで来たり、アメリカのように直前に選考会があったりする中、日本は国際大会への派遣をせず、更に対抗戦のようなこともなく、(もっといえばJapan Cupもなく)ひたすら合宿での強化に時間を割いてきた。しかし、予選の結果が物語るように、海外での国際大会の経験不足がここに来て大きく影響しているように思える中、予選の演技を踏まえた調整を選手たちでどの程度うまく行えているのかが非常に気になるところである。

そう考えれば日本の強化策は「温室育ち」になりがちなものかもしれない。また、国際大会ならではの雰囲気というのはやはり日本では味わえないものなので、そういった雰囲気にタフにならないと自分を見失うことにもなる。その点では、昨年の世界選手権が日本であったというのは、ある意味で選手たちの海外大会での経験を一つ減らしてしまうことになってしまった。当然ながら、地元開催でのメリットは計り知れないのだが、五輪での演技だけを考えると、「あれがヨーロッパでの大会ならば選手たちは変わっていただろうか」と考えずにはいられない。

今日の決勝では、日本男子は今まで経験したことがないつり輪スタートということになる。最初に上半身の力を使う種目をこなし、最後のあん馬で上半身の力を使う種目で締めくくる。体力不足があればバランスを崩した時などで耐えることが出来るか非常に不安になるところ。恐らくこの順位の想定は日本の中でなかったであろうから、体力的なところのコントロールのみならず、精神面での影響もどこまで考えられているのか。とにかくスタッフ総動員でじっくりと話し合いが持たれて対策は考えられたであろう。それを選手たちがどう理解し、どう調性できるか。この五輪の舞台で、予選での経験がすでに彼らを大きくしていることを信じたい。

2012年07月31日

ロンドン五輪・・・男子団体決勝

はっきりいって、最後の最後で「まさか」が起こってしまった。

内村のあの乱れ。本人も信じられないであろう。
今まで見たこともないものだ。
しかし、それがメダルの色を変えるだけでなく、
まさかメダルを取るかどうかの失敗になるとは・・・。

通常、D得点のインクワイアリー(照会)は、ローテ終了後の
所定時間内に行わなければならない。
しかし、最終ローテはそのまま退場するので、
悲嘆に暮れてそのまま出て行ってはいけない。
その点はコーチ陣はどこでもしっかりと意識しているはずだ。

そんな中で、日本チームはどの大会でもしっかりとアクションを起こしている。
このようなドラマティックな展開になることは初めてだが、
インクワイアリーそのものは過去の大会でも見ている。
恐らくここまで本部席に来るチームもないのでは?
という時もあった(単に意識していたからそう思うだけかもしれない)。

体操は、選手の出来にプラスして、正当な評価を受けるように
このようにコーチ陣もしっかりと動かないといけないというのは
これでよくわかるであろう。今回、しっかりと説明して、抗議した
森泉コーチ、加藤コーチ、そして立花監督。
国際経験豊富なスタッフが勝ち取った銀メダルともいえよう。

メダル無しから銀メダル獲得へと一転したので、すっかり薄れることだが、
やはり悔しい思いはある。最後のあん馬は精神面で仕方ないと
言ってあげたいところであるが、やはり跳馬がそのまま
試合の流れを決めてしまった。「たられば」は言ってはいけないのだが、
山室がアップで狂いが生じたとき、何か策はあったのではと思ってしまう。
でも、結果は結果。そのミスが出た時点で、今日ほぼノーミスの
中国に負けていたということだ。

心配なのは内村。プレッシャーを感じないというが、プレッシャーが
原因でなければこの乱れはなんなのだろう?というくらいになっている。
これが個人総合で同じように接戦となったときにどうなるか。
個人総合はあん馬スタートとなる為、体力があるうちにこの種目を
乗り切ることで無事金メダルに繋がると信じたい。

ロンドン五輪・・・得点照会の波紋

予想外に得点照会=Inquiryへの批判がすごいことになっている。

一度出た結果が一変し、メダル圏外の日本が、一気に銀メダルになり、初の団体メダルとなりかけたウクライナが逆に圏外になる・・・。「Sorry for Ukraine Team」という声は海外でかなり聞かれてるが、
日本国内でも同様の声が予想以上に多い。

そもそも、この得点照会のシステムは、アテネ五輪の男子個人総合の問題に遡る。韓国のヤン・テヨンの演技価値点(今でいうD審判が決める)が正しい得点よりも低く採点され、その為にポール・ハム(アメリカ)に僅か0.049差で負けてしまい、ハムが金メダルを獲得。更に同じ韓国のキム・デウンにも負けてヤン・テヨンは銅メダルに終わってしまったのだ。ヤンはCAS(スポーツ仲裁裁判所)にも提訴したが、結局覆ることはなかった。

当時の得点照会に関するルールはもう記憶の中ではっきりしないものであるが、少なくとも同じアテネ五輪での種目別決勝鉄棒におけるロシアのネモフに対する採点問題(http://www.gymfan.com/report/athens/day8-nemov.htm)も影響して、その後のルールではしっかりと明文化され、誤審がないように、あるいは得点照会に正確に対応できるようにシステムが構築された。そのうちの一つがIRCOS(Instant Replay & Information System)と呼ばれるものだ。

各種目の近辺にビデオカメラが設置され、全演技が録画されており、本部席の上級審判はそれをスロー再生するなどして、Dスコアが正確であったか、E審判が極端な採点をしてないか確認する際に利用している。特に体操において、人間の目ではもはや追いつけないことも多いだけに、「ヒューマンエラー」を防ぐためには必要不可欠となった。

さて、今回、「なぜ最初から審判は分からなかったのだ?」という声が多い。確かに、主審はビデオで見直すことは出来ず、本部席の上級審判がその対応をできる訳であるが、一旦D審判、E審判の得点がシステム上で打ち込まれた後、おかしいと思えば上級審判はIRCOSを使って確認し、修正の指示をしているはず。そして、最終的に得点が表示されるのは、上級審判がその得点で問題なしと判断した後である。

日本チームは得点表示後、即座に得点照会している。それはまず主審に対して口頭で行われるもので、それでも納得できない場合には、数万円単位の金額を払った上で上級審判に文書で照会をする。このアクションは相当慣れてていないと即座には出来ないと思える。しかし、上級審判は基本的には表示されている得点に対しては問題なしと判断しているはずであるので、お互いの主張は平行線をたどる可能性が高い。そこで他の上級審判や審判長が介入し、そして上級審判により最終判断が下されるのである。今回でも審判長(技術委員長)のストイカ氏が協議に加わった後、最終的に「内村のDスコアを上げるべき」と判断された。

こうなると審判の質という話にもなるのであるが、これは見る角度により相当見方が異なるケースもあり、こういう事態になったからといって、「レベルが低い」ということには直結しない。また、本部席は種目の前にある訳ではないので判断が難しいケースも多いはず。その為にIRCOSがあるのだが、今回、その活用の前に上級審判の判断があったのではないかと推測する。それくらい、彼のミスへの動揺が審判全体にあったということになるのではなかろうか。

こうしてヒューマンエラーで涙を呑む事態を防ぐ対策が取られているのであるが、それでもウクライナチームのような悲劇が生まれてしまったのは悲しい事実である。かといって、最初に選手・コーチのみにこっそりと点数を教えることは出来ない。例えば、水泳でいえばリレーの引継ぎ違反の判断がなされるまで最終順位の表示がされないように、体操でも得点表示への工夫が必要になると思われた。そう、「まだ公式ではないからちょっと待ってね」というのが分かるように・・・。

採点競技の体操が、より客観的に序列が付くようにアテネ五輪以降様々な工夫がなされてきているが、今回、観客や選手たちに対しての気遣いという意味でも更なる工夫が必要とされたと思う。


ロンドン五輪・・・女子団体決勝プレビュー

海外的には女子の人気が高い体操。その中で、今回はアメリカ対ロシアの図式の他に、人気のルーマニアの復活と、中国が前回の女王ということで、かなり注目度が高い。

アメリカの方が世界チャンピオンのウィーバーが予選で国内3位ということになってしまったほど全体的な勢いはある。しかし、ロシアもムスタフィナ、コモワの両エースのほか、アファナシェワ辺りも十分対抗できるレベル。ここはポイントは一つ。「ミスをしたら負け」・・・こうとしかいえない。

ルーマニア対中国になるであろう銅メダル争い。どうしてもこの二か国には弱い種目があるので、ノーミスであっても上に上がるのは厳しい。ここは苦手種目よりも得意種目でいかに得点を稼ぐかに注目。ルーマニアのポノルがベテランの経験でチームを引っ張れば、今回リーダー格の存在を感じにくい中国に対してリードを奪う可能性は十分ある。ヨーロッパで行われる大会での強さを考え、ルーマニアがかなり波に乗った演技をするのではないか。

日本はイギリスとの5位争いを繰り広げたい。平均台スタートとなるが、日本の方が安定性が高いはず。ポイントはゆか。寺本のほかに田中も14点台を獲得しておきたいが予選のミスを引きずらないか?跳馬は互角かもしれないが、最後の段違い平行棒でトゥエドルの圧倒的な点数を考えると、跳馬で出来ればリードしておきたい。ここも田中がいつもの出来であれば可能性はある。そして最後の段違い平行棒は鶴見が再度完璧な演技をするかどうか。全体的に田中、鶴見にポイントを置きたい。

他国の巻き返しに関しては、イタリア、カナダを比べればやはりフェラーリのいるイタリアが恐いところ。しかし、安定度は日本には敵わない。油断大敵と思いつつも、やはり同じ班で回るイギリスをしっかりとマークしておくことが5位死守のカギとなるであろう。

2012年08月04日

ロンドン五輪・・・女子団体

アメリカ対ロシア、そして中国対ルーマニア。正に予想通りに金メダル、そして銅メダル争いを展開した。

アメリカもロシアも、まず他国を圧倒的にリードするのが跳馬だ。Dスコア6.5のアマナールは、日本の寺本がようやく戻してきたユルチェンコ2回ひねりのDスコア5.8を0.7も上回る。それが積み重なると跳馬だけで他国を2.1も上回る。アメリカは3人がアマナール、そしてロシアは2人がアマナール。他国は誰もアマナールを行っていない。その中で、アメリカはアマナールの実施を3人ともほぼ完ぺきに行った。一方ロシアは最後のパセカが大きく乱れた。このアメリカのリードはかなりその後の展開を有利にするものであった。

その後、ロシアが段違いで追い上げを見せるものの、平均台ではムスタフィナとコモワに乱れが出て、リードを広げられてしまった。ゆかの得点でアメリカに劣る為、平均台での自滅は更にロシアの選手たちにプレッシャーを与えてしまった。

最後のゆか。ロシア待っていたのはまさかの事態であった。2人目のグリシナが後方1回半ひねりからロンダード繋げるところで大きく乱れ、その後の技に繋げることが出来なかった。この失敗は、特別要求となる「宙返り2つを含めたアクロバットシリーズ」が抜けることにもなり、得点は一気に12点台にまで下がってしまった。

確かに完璧な演技をしても得点的にはアメリカに追いつけなかったかもしれないが、少なくともプレッシャーを与えることは出来たかもしれない。特にレイズマンがアップでアラビアンダブル~伸身前宙で頭から落下しているだけに、プレッシャーがあれば何があるか分からない状況も予想は出来た。

ロシアは2007年の世界選手権の団体決勝でも最後の跳馬で助走が合わずに横にそれようとしたものの、ロイター板を踏んでしまい、演技のやり直しが出来ず0点になってしまうという選手がいた。その0点でロシアは団体のメダルを逃すことになってしまった。当時は銅メダル争いではあったが、失敗の類からしたら信じられないくらいに「まさか」の箇所で起こっており、この2つの失敗は何か通じるものを感じる。若手のプレッシャーに対する弱さはロシアにとって大きな課題になった。

前回はサクラモネが2種目で失敗して金を逃したアメリカ。しかし、それ以降育ってきた選手たちの安定性はかなり特筆すべきものがある。それだけ国内の争いも熾烈であり、精神面でも強い選手が選ばれていることに繋がっているといえよう。個人総合進出を逃した世界チャンピオンのウィーバーも団体決勝では落胆せずに見事に3種目に貢献した。金メダルへの意欲はロシアとの差はないと思うが、その意欲がいいように作用するかどうかが大きな差を生んだのではないだろうか。

ルーマニア対中国も、中国側に大きなミスが出てしまい、中国の自滅でルーマニアが勝った形となった。中国は北京五輪と違い、選手の調子が今一つ上がりきれてない印象もあり、精神面でも戦いきれる状態でない印象だった。一方ルーマニアはヨーロッパチャンピオンのヨルダケが踵の怪我で不調であったが、ポノル、イズバサといったベテラン2人が平均台以降の得意種目をうまくリードして見事な追い上げを見せた。波に乗ると怖いルーマニアの力は、やはりこのオリンピックの舞台で戻ってきた。1976年以降、団体のメダルを死守しているその執念も前回チャンピオンを上回る要素であったかもしれない。

日本女子は、平均台での失敗が結局最後まで影響した。失敗した分、他の種目で追い上げたいところではあったが、Dスコアが他国より劣る中、その追い上げも厳しかった。やはり日本が上位にいくには失敗のない演技を続けることが必須であるのは今大会でもよくわかったし、団体決勝で5位をキープするにはやはりDスコアを上げて攻めた構成を組まないといけないということであろう。日本の長年のライバルであるカナダが今大会で見事に5位に食い込んだのは、前回の日本と同じようなシチュエーションを感じるが、そのカナダの急成長の理由は高難度の技への積極的な取り組みであると思える。質の高い体操の評価はしっかりと受けている日本もそろそろ次のステップに移行する時期に来たのかもしれない。リオに向けて、寺本を中心とした新しい世代がその流れを作り出してほしいと願う。

2012年08月09日

ロンドン五輪・・・男子団体選考

「オールラウンダー3人+スペシャリスト2人」の代表を、「オールラウンダー2人+スペシャリスト3人」に・・・。

ロンドン五輪から帰ってきた内村の発言だ。この意見、かなり賛成できるものだ。この彼の意見に更に「オールラウンダー2人が決まってから、スペシャリスト3人の構成を考える」ということを付け加えたい。

日本は選考方法を事前に設定し、明文化することにより、トラブルを避けたがる傾向がある。それは、水泳でも例え順位で1位、2位に入っても、設定タイムを上回れなければ代表入りできないようになっていること通じる。水泳の場合、確かにそれで問題ないかもしれないが、体操の場合、いざ事前に決めた選考方法で決まった選手の顔ぶれを見たときに「あれ、あん馬が苦手な選手ばかりではないか」とか「鉄棒が全員得意だから誰を落とす?」みたいなことになりえる。実際にロンドン五輪ではあん馬、ゆかの3人目がいなかったのが大きなポイントであったように思われる。田中和がその穴を埋める役目に回ったが、今回はその2種目でミス。このミスを見たとき、どこかで無駄に重荷を背負わされていた気がしていたのは少なくないだろう。

今回の選考会で個人総合上位に入っていたのは田中和だ。そして既に実績で決まっていた内村。この二人の弱い種目を補う選手を選ぶように考えれば、まず田中和ではゆか、あん馬、跳馬。この3種目を重点的に、スペシャリスト枠を埋めていく。下記のように各選手の得意種目をまず並べてみる。

・沖口・・・ゆか、跳馬
・山室・・・つり輪、跳馬
・加藤・・・ゆか、跳馬
・野々村・・・跳馬、あん馬、つり輪、平行棒
・小林・・・あん馬、つり輪、跳馬
・田中佑・・・鉄棒、平行棒

まず、埋めたいゆかについては沖口と加藤がいる。しかし、加藤の方が他の種目でも点を稼ぎ、総合でも上位にいる。だからゆかについてはやはり加藤。続いてあん馬については、つり輪、跳馬でも貢献度が高い小林を入れたい。ということで、ゆか加藤、あん馬小林、つり輪小林、跳馬小林とする。

残りは平行棒と鉄棒だが、ここでもゆかとあん馬をなるべくカバーできる選手を選びたい。ここはオールラウンダーの要素もある野々村を選びたい。

こうして並べると内村、田中和、加藤、小林、野々村になり、今回との比較では田中佑、山室と小林と野々村が代わりに入る。具体的に決勝の各種目は

ゆか・・・内村、加藤、野々村
あん馬・・・内村、小林、野々村
つり輪・・・内村、田中、小林 (野々村を内村の代わりに入れてみてもいいかも)
跳馬・・・内村、小林、野々村
平行棒・・・内村、田中、野々村
鉄棒・・・内村、田中、加藤か野々村

となる。

かなり個人的に勝手に並べてみたが、実際にオールラウンダーが決まらないと、それを埋めるべく選手が決まらないわけで、オールラウンダー枠の選手が劣る種目を選考会の得点、出来から判断して、そしてその種目を重点的にスペシャリストを選べば、実際に決勝のメンバーを考えたときに安心して3人を決めることが出来る。

これがシステマティックになれば客観的でいいのかもしれないが、個人的にはそこまでしなくてもと思う。実際に中国男女、アメリカ女子はそういうことにはなっていないと思うし、ある程度選考会の得点を考慮した選考になればそれなりに客観性は保てるはずだ。

ロンドン五輪・・・男子個人「内村はリオまで負けないか?」

男子個人総合。最後のゆかで手を着くミスがあったものの、結局内村の優勝は下馬評通り、見事に日本の期待に応えてくれた。

内村にとって、大会序盤の不調は未経験のものではない。ロッテルダム世界選手権のときは、肩の痛みの為にポディウム練習で満足な練習が出来ず、終始表情が暗かった。それでも本番では調子を上げて、個人総合二連覇、種目別でもメダルを二つ獲得した。しかし、今回は予選での大過失が二つ、そして団体決勝でもあん馬でミス。ここまで調子が悪い状態を経験したのは恐らく初めてだっただろう。

個人総合決勝では、対抗馬が「今回が内村に勝てる!」と思ったのか、逆にプレッシャーが高くなりすぎて失敗を多く重ねたのに対し、内村は冷静に自分の演技を続けた。団体への意気込みの方が強かっただけに、自分の演技だけに集中し、チームメイトの失敗などにも影響されずに済む個人総合は彼にとってようやく迎えた「自分の本来の力を見せる場」であった。

ノーミスで内村が演技を行うと、トータルスコアは93点を超える。このスコアは今の世界では出す選手はなかなかいない。今回の予選トップの選手でも91点台、そして決勝でも2位のニュエンは91点台。こうなると内村は正に「自分との戦い」に勝てばいいだけになる。

ではその内村に勝つ選手がリオまでに出てくるか?これがこの4年の大きなトピックであろう。しかしながら、例えば日本と同じく個人総合に力を入れるアメリカでもあん馬で極端に質を落としてしまったり、そして何よりプレッシャーに弱い面を見せた。1種目でも極端に弱い面を出してしまえば93点は遠くなる。ドイツも同じで、あん馬、つり輪に不安を残す。ウクライナのククセンコフが比較的そつなく熟してくるが、彼の場合は全体的な底上げが必要になる為、相当な努力が必要になるであろう。

中国辺りが楊威並みの選手をジュニア世代に揃えている可能性があるが、中国の考え方はやはり団体戦重視であり、個人総合は完全に後回しで、逆に団体決勝で3人目の選手を作る為にオールラウンダーを入れているくらいの扱いだ。となると、個人総合のチャンピオンを育てることにそこまで情熱持っているかは疑問だ。しかし、いたらいたで団体戦の戦い方も楽になる。日本と同じくオールラウンダーが決勝で全種目に起用できることになると中国は更にスペシャリストを安心して送り出せる。

海外に目を向けるよりも、日本国内から内村の対抗馬が出る可能性も当然ありうる。今回の代表になった加藤、そして加藤よりも下馬評の高かった野々村。この大学一年生コンビは内村、山室以来の黄金世代といわれる。しかし、この二人に足りないのは「ハート」と思う。内村は高校生の時から堂々とした風格を感じ、それは演技にも出ていた。しかし、二人は「風格」まではいかない。加藤の五輪での演技は素晴らしかったが、内村が北京で演技した時よりも何か足りない。内村ほどの実施の美しさがないことに加え、見る者を圧倒する風格がやはり足りない。インタビューでもどちらかというと紳士的な雰囲気であった。それが悪いという訳ではないが、内村に勝つには弱い印象に思えて仕方ない。

個人的には鹿島以来の「あん馬で稼ぐ」選手が内村の対抗馬として出てきてほしい。内村が失敗を繰り返したからではない。内村の体操を上回るには「究極に美しく見える体操」が必要と思うからだ。鹿島の体操はとにかく美しかった。手足の長さもあり、備えているものが恵まれていた。内村が小柄が故に鹿島よりも美しさの印象が薄い為、その内村を演技前からも上回れる逸材の登場があれば、日本の体操は更に世界一を争える位置に付けることが出来ると思う。しかし、そういった選手たちはえてしてつり輪が弱かったり、ゆか、跳馬が弱かったりする。指導者たちが切磋琢磨し、「世界一美しいオールラウンダー」を養成するシステムを作ってほしい。

この考えがはたして現実味を帯びるかどうか。今月行われる全日本ジュニアに早速注目するのも面白いかもしれない。今の高校生の世代がちょうどリオでは活躍するかもしれない訳で、早速彼らの体操を見てみたい気がする。

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